エンドロールには早すぎる

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『The 100』シーズン5感想。彼らはプライムファイアで何を学んだのか?

長らくこのドラマを観てなかったので、久しぶりに続きのシーズンを観始めた時はもはやサブキャラの名前が思い出せなかった。
実のところ一度挫折していた。展開は常に忙しく動いている。このドラマの登場人物はどいつもこいつも眉間に皺を寄せており、常に切羽詰まっていて、人に選択を強い、自分の考え方だけが正義だと主張する。気が休まることはないのか? そんな感じで一度挫折した。シーズン4から観てなかった。2年以上このドラマから離れてた。だがたまたま、再生した。すると、3日でシーズン4からシーズン5まで26話をぶっ通しで駆け抜けた。何だかんだ面白いんだよな。
シーズン4の感想も書きたいが(何ならシーズン1の感想から)、シーズン5のラストまでぶっ通しで観たので記憶が鮮明なうちにシーズン5の感想から書くことにする。


ネタバレ注意

人間が再び地上で活動を始める

「世界は終わったのか? それとも……再び始まるのか?」
"The Reclamation Day" 再生の日。それは、思い描いていたものではなかった。

プライムファイアで地球は死と灰の惑星と化した。
地上は荒廃しきった。見渡す限りの灰と砂。そんな砂漠に残っている生命といえば、放射能で変異した、あまり友好的ではない新種の寄生虫だけ。
それでも首尾良くプライムファイアの死の波を免れた地域「谷」があった。その場所は作物が育ち、水が流れ、人間がなんとか暮らしていかれる。
地上に残る最後の楽園。それを巡る戦いが始まる。人は過ちを繰り返す。

第一話。うおぉ、クラークやばいくらいかっこいいな~、と思っていたのもつかの間、ラストでマディが捕まったからってよく知らない人間を撃ち殺す暴挙に。マディ、当然クレームをつける。「善い人だったかもしれないのにどうして殺すの!?」クラーク、答える。「善人などいない」
……誰か彼女を止めてもらえませんか?

まあでも、マディは崩壊した世界の最後の二人の片割れだからな……クラークが誰彼構わず撃ち殺したりかつての仲間を見捨てたりするのも、病的なまでにマディを愛してるが故だよな。
とはいえ彼女の行動には……こいつは!! マジで!! いい加減にしろよ!! って言いたくなる。クラークのあの、眉間に皺を寄せて何か策謀をめぐらせてますみたいな表情w なんかもはやクセになってきたわ。いややっぱならんわ。大概にせい。

かくしてディヨザ大佐も戦争準備オン。各勢力がうごめき始める。
プライムファイアを知らない勢力。プライムファイア後の厳しい環境を切り抜いてきた勢力。隣人を愛せとは誰の言葉か。もっと互いを理解しようという気持ちがあれば、もしかしたら共存して、再び繁栄の道が拓けたかもしれないのに……家を建てて、畑を耕して、井戸を掘って、広場では子供が遊ぶのを眺めながら大人は議論を交わすみたいな……『The 100』がそんなほのぼの系のドラマになる可能性もあったというのに……そうはならなかった。

人間がまたしても地球を破壊する

人は、過ちを繰り返す。
ま~た始まった。「俺たちだけが生き残るんだよ!」派vs「おい、みんな仲良くしようぜぇ!」派。俺の意見だともう諦めて、人間はまとめて滅びた方がいいと思う。人間とは何なのか? ま、そもそもそういうテーマですよね。
世界が崩壊するって時に、どうしてこいつらは裏工作や対立がこんなにも好きなのか? 自分の利益しか考えないのか? まともな奴はいないのか? いや、いる。モンティやハーパーみたいなまともな奴らが。とは言え世界には異常者が多すぎるので、まともな奴の声はかき消され見向きもされない。
主要人物たちの「戦争だけは避けたい。だから奴には犠牲になってもらおう」とか、「確かにこの裏工作は危険な賭けだし、強い負担を強いるけれども、成功すれば、みんな助かる。暮らし向きも良くなる」とか、この手の揺さぶりを繰り返し繰り返し仕掛けて話が進んでいく。この作品の魅力は、一つの作戦にぐずぐずと長い時間をかけずに、その作戦が失敗しようが成功しようが、すぐ次の作戦に取り掛かる思い切りの良いシナリオ進行だろう。おいマジでいい加減にふざけんなよ、と思いつつも、怒涛の展開でハラハラさせてくるので、俺たちは停止ボタンを押すことができないのだ。

今回のシーズン、敵役のマクレアリーとかディヨザとかショウとか新キャラが魅力的だった。異常者になったとは言えオクタヴィアは頼もしくてシーズン1の頃からは考えられないほどめっちゃ好きになったし、マディはクソガキのクセにめっちゃしっかりしてるし、アークの7人(ベラミー、レイヴン、モンティ、ハーパー、マーフィー、エモリ、エコー)は安心できるしみたいな。俺の心情めっちゃ揺れ動いたわ。
それもこのドラマの魅力の一つなんだよな。シーズンが変わるごとにキャラの役割が大きく変わる! え、まさかお前がそんなことをするの!? しちゃうの!? っていう衝撃が良かれ悪かれ必ずやってくる。
別に次のシーズンで俺の好きなキャラが意味不明なことをやりだして一気に心証最悪になったり、気に喰わないキャラが一気に心を揺さぶるキャラに変貌して好きになったりしたっておかしくないし。マジでコロコロ変わる。

思ったんだがアビーはマジでイカれてる。今までは、アビーはクラークさえ関わらなければというキャラではあった。クラークが関わるとメチャクチャやりだして状況を悪化させるのがアビーだった。今回のシーズンでは、クラークがいないことによってイカれキャラに変貌しており、もはや廃人同然に。自分では薬を絶てないジャンキー。もうほんと、ケインを悲しませるなよ。とは言え、医者ってだけで大目に見てもいいのかもしれない。やっぱり、多少イカれてるからってこれまで人を助けてきた実績を無視するのは良くない。アビーが救ってきた命も幸せもある。人は白と黒できっぱり分かれてはいない。みんな灰色なんだ。でもハッキリ言って俺はめっちゃ嫌いになったわ。いや、なんなん、こいつ?

クラークもちょっとな……「私は人類の救済を考えてる!」とかイキり倒すよりはまあ全然いいけど、マブダチのはずのベラミーとかをガチで見捨てたのはちょっとそれはいくらなんでも失望したわ。マディはお前の娘同然かもしれないが所有物じゃねえんだよ。まあマディのような少女を崇めまくる一つの人々もちょっとヤバいんじゃね感はあるがそこはまあ文化だからおいといて。ロアンも言ってたが、部族の伝統を軽んじるのは愚かだ。
クラークはマジでカッコいい時もあるんだが、なーんかちょっと気を許すと途端にメチャクチャやり始めるのが俺の胃をキリキリさせてくる。大丈夫かこいつ? シーズン4のラストでは涙ポロポロするくらいカッコ良かったのに、今回はベラミーが来てくれなかったら、シェルターの人間もどうなっていたか知れない。
この親子はほんともう…人類を救いたいのか自分にとってのお気に入りだけを救いたいのかどっちなのか? そういうとこだぞ。こいつらに比べたらオクタヴィアのが覚悟据わってるわ。オクタヴィアって最後は一つの人々に突き放されがちになるわけだが、そこまでされなきゃいけないか? って可哀想に思ったわ。面倒を起こしてるのはいつも空の民とかグラウンダーとか他の奴じゃんね。流石に水耕農場焼き払ったのは失策だったけど、つってもオクタヴィアには充分同情の余地がある。

結局、地上に残った最後の楽園も、人間の愚かさと異常性で消し炭と化してしまう。
果てしない土地争いの末に、マクレアリーは自分が勝てないと悟ると、「谷」を破壊する弾道ミサイルを発射。敵味方もろとも滅ぶ道を画策。
そんな状況でも宇宙船飛ばして地球から脱出して人間は生き延びるのだった。

でもマクレアリーの判断は正直グッジョブだね。なんかマクレアリーって憎めねえんだよな~どう見ても死んでねえし次のシーズンでめっちゃ活躍してほしい俺的に。マーフィーも許されたしマクレアリーも許されるだろ。
次のシーズンはディヨザとかマクレアリーとかもっともっと活躍してほしい。

人間がとうとう地球を捨てる

宇宙に避難した人間たち。だがそれほど悲観的ではないようだ。
彼らの思惑はこんなところだろう。「確かに地球をまたしても破壊してしまったものの、俺たち人間には奥の手がある。冷凍保存カプセルに入って体を維持したまま時を進める。地球の再生まで待てばいいってことだ。地球はタフだしまた復活する。その時まで眠るだけさ」
無邪気すぎるとしか言いようがない。そう都合良くいくわけがないだろう? 生態系を破壊し尽した史上最悪の大量殺人鬼たちを、ようやく一人残らず追い出せたというのに、またみすみす住まわせるなんてこと、どうして地球が許すと思うのか? いくらなんでも考えが甘すぎる。
残念ながら、地球は人間を、もう二度と受け入れるつもりはないようだ。
何十年経っても緑が回復する様子はなく、もはや地球は人類の生存は不可能な惑星に変貌してしまった。

とはいえ人間にも希望の光はあった。
モンティとハーパーが、またチャンスを与えてくれた。
他の人間はみな冷凍カプセルに入ったが彼らは入らなかった。彼らは地球が復活しないことを悟ると、何十年もかけて複雑な暗号を解読し、宇宙船を操作して、宇宙の遥か彼方にある「人類が生存可能と思われる惑星」へ連れて行ってくれた。
彼らの活躍は涙なしに見る事はできない。いやマジで泣いた。あいつらすげえわ。
やっぱり人間を救うのは愛と、戦いを嫌う心だよなって答えの一つを見せつけられた感じ。
おいクラーク! モンティの最期の言葉しっかり胸に刻んどけよ? 「新しい惑星の問題が、人間じゃないことを祈る」 その惑星の住人にとっては、お前ら人間は「宇宙からの侵略者」に他ならないからな? おい。
新シーズンの新しい冒険とテーマが楽しみ。

俺たちはプライムファイアで何を学んだのか?

クラークは言った。「善人などいない」
オクタヴィアは言った。「戦うしか生きる道はない」
モンティは言った。「戦う以外にも道ある」
彼らはプライムファイアから何かを学んだはずだが、それは何だろうか? そしてその何かは、実際に意味を与えられるか?

実のところ、一人の人間が何を学んだかというのはそこまで重要じゃないのかもしれない。些細なことだろうが壮大なことだろうが、人は何かしら過去の出来事から教訓を得て生きていく。
プライムファイアで世界が終わった時も人は教訓を得た。「世界が滅ぶのは善人がいないから」と悟る人もいる。「生きるには向かってくるものと戦うしかない」という考えに固執する者もいれば、「いい加減に戦う以外の選択肢を取るべきだ」とイラつき続ける人もいる。
『The 100』を見る限り、結局のところ、人間が集まれば意見が一致することはない。一枚岩には絶対になれないのだ。
君主制を敷こうが議会制を開こうが民主制を広めようが、人間が本当に一つの人々になることはない。世界が終わってしまったとしてもそれは変わらない。
一人の人間の中ですら、一つの信念に従い続けられることは滅多にない。「俺は、過去の失敗から学んだ。これからはまともになる」と言いつつも、ひとたび世界に歪められると、コロコロ意見を変えてしまう。

プライムファイアで何を学んだのか?
人は、過ちを繰り返す。

新シーズンでは新しい惑星で未知の生態系と新しい冒険が待っているわけだが、おそらくそこでも、人は過ちを繰り返すだろう。


「人は過ちを繰り返す」というフォールアウトの名翻訳ですが俺めっちゃフォールアウト好きなんでやばいくらい引用してます。(笑)