エンドロールには早すぎる

ドラマや映画やゲーム。どうしてそれが面白いのかを考察します。

【傑作】ヴァイキング ~海の覇者たち~ シーズン1 感想

またこの手のドラマだ。残虐さが売りで、観る者を苦しめる。「どうよ、この作品えぐいでしょ?w」とでも言いたげな制作陣の薄ら笑いが透けて見える。
俺はそういう作品は嫌いだ。でもこの「ヴァイキング」は好きだ。傑作だ。とても面白い。

あらすじと感想を書いていく。
俺の基準はめちゃくちゃなので信用するな。


――↓ネタバレなし↓――

youtu.be

f:id:oniie:20180909040109p:plain

f:id:oniie:20180909040123p:plain

f:id:oniie:20180909040215p:plain

シーズン1は9話構成。1話45分程度。
明らかに話が続く感じで終わる。

これは……厳しく、冷たい、男のドラマだ。
情け容赦ない。

まず何と言っても主人公のラグナル・ロズブロークだろう。
怖い。怖すぎる。でもカッコいい…
ラグナルは夢追う若者だ。未知の開拓者だ。妻と子供もいる父親だ。頼れる兄貴や仲間、奴隷を持っている。敵対する勢力には事欠かない。
男ならみんなラグナルになりたがるだろう。そう思うようなカリスマ性あふれる人物である。

ラグナルとその仲間は最初、片田舎の蛮族でしかなかった。農地を持ち、畑を耕し、季節になったら東の土地から掠奪する。変わらない俺たちの毎日。それでいい奴らもいた。だがラグナルはそうじゃなかった。
西に豊かな王国があると信じるラグナルは、仲間を集めて未知の世界へ航海しはじめたのだ。そして実際に、それはあった。ラグナルはイングランドを発見した。
それから先は……言うまでもない。

このドラマは史実に基づいている。脚色されているとはいえ、史実をベースにしているのでヴァイキング好き、海賊好きにはたまらんだろう。
血と暴力。誇りと妬み。宗教、好奇心。このドラマが表しているのは紛れもない「現実」だ。一度それを目撃したら、心臓を鷲掴みにされた気分になるだろう。血が滾っているのだ。


――↓ネタバレあり。注意↓――


”それ”が始まるまでは、北欧の昔の暮らしを眺めるだけのほのぼのとしたドラマだった。息子に愛情を注ぎ、妻と戯れ、夢を語り権力に抑えつけられる……船を造り、北欧の神々を信奉する。
人々が「掠奪」と話していてもリアルに感じなかった。
だが”それ”が始まった。夢と希望と嵐に溢れた航海を終えて上陸すると、飢えたヴァイキングたちはさっそく仕事にとりかかった。リンディスファーン修道院の”掠奪”だ。

修道士アセルスタンにとっては悪夢の始まりだっただろう。彼は敬虔なキリスト教徒で、聖典の写本をしながら穏やかな日々を過ごしていた。
それが、ヴァイキングの襲来によって一変してしまった。
不穏な空気。招かれざる客。みんな聖堂に集まり、嵐が過ぎ去るのをただ祈る……だが異教徒に祈りは通じない。ラグナルは聖堂の扉を開け、ヴァイキングたちは修道士を殺しはじめた。掠奪が繰り広げられる。
ほとんど無抵抗に近かった。修道士たちは大体殺された。財宝は奪われた。アセルスタンは布教の為に北欧の言葉を知っていたので、ラグナルに奴隷として生かされた。利用価値ありと判断されたのだ。
この掠奪の描写はあまりにも、残虐だった。いちおうラグナルが主人公で、彼の仲間は主人公一味ということになるのだが、どこからどうみても”悪党”である。俺は震え、胸がどきどきした。俺は罪深き人間になってしまったかのような気分に陥った。
視聴を継続するべきか悩んだ。確かに面白いが、悪の衝撃が強すぎる。だがこうも考えた。おそらくこれは、洗礼なのだ。
俺は覚悟を決めた。俺は8世紀のヴァイキングの感覚を理解するように努めた。そうでなければ正気を保つことはできない。とてつもない悪の波に呑まれたくなければ、俺自身がヴァイキングになるしかないのだ。

リンディスファーン修道院 - Wikipedia
↑ちなみにリンディスファーン修道院は実在したようだ。

最初に対立するのは首長のハラルドソンだ。ラグナルの属する小さなコミュニティの指導者だが、年老いて保守的になっている。
似たようなビジュアルの仲間が多い中、ハラルドソンのビジュアルは特徴的なので一発で覚えられる。正直助かる。彼の政治的手腕はよくわからなかったが、少なくともそれなりの男ではあったようだ。忠実な人間が多いから、それはなんとなくわかる。
そして実際、ただ裏から工作したり、暴力沙汰を部下に任せたりしてた最初のほうまでとは違い、最期の瞬間は、かっこよかった。現状維持が第一のハラルドソンも、誇り高きヴァイキングの一員で、真の男だと証明した。
ラグナルの決闘の申し出を受けたのだ。普通なら考えられないことだ。だって犯罪者の決闘の申し出をいちいち受けていたら、務まるものも務まらないだろう。ハラルドソンは一体、ラグナルに何を見たのだろう?
彼の心情が明かされる場面があった。彼はラグナルに昔の自分を重ねていた。こういうわけだ。昔の自分に似ていたからこそ苛立ち、自分と違い夢を実現していく様子を見て、我慢ならなかったのだ。
彼らは一対一で戦った。この戦いの描写があまりにも誇り高くて笑ってしまった。ああ、ヴァイキングよ…
ハラルドソンは敗れ、死を受け入れた。彼の魂はヴァルハラへ迎えられるだろう。そしてラグナルは、彼に代わって新しい首長となった。

そんなラグナルを複雑な目で見ている男がいた。ラグナルの兄貴のロロだ。一言で言えば彼は蛮人だ。暴力とセックス。まったく男そのものだ。
名声を獲得していく弟を近くで見ながら、無名のままの自分の立場に明らかにイラついている。弟との信頼はありそうだが、雲行きは怪しい。最終話では弟を裏切るよう、敵に言いくるめられてしまった。いいのかそれで。
どうせ裏切るなら自分で旗揚げしろ。そうでなければ、結局は誰かの下につくことになる。ラグナルじゃなくても、ボルグの下につくことになるんだぞ。本当にそれでいいのか。
ただの兵隊のままで満足したくないのなら、名声が欲しいのなら……自分で何かを成し遂げなければならないのだ。

その成し遂げられる人物こそこのドラマの主人公だ。何といってもラグナルの魅力に尽きる。こいつの表情は、まさに文字通り神懸っている。
彼は”ヴァイキング”そのものだ。正直何を考えてるかわからないが、それが魅力でもある。こういう怪しい雰囲気のある奴は、超カッコいい。
ヴァイキングとなると、野蛮で暴力的で、良心なんてまるで持ち合わせていないように見える。だがもちろん決してそんなことはない。
確かに、蛮族そのものな時もある。修道院の掠奪なんて最もだが、イングランドの王国との交渉の席で、食べ物を貪り食い、音楽を嘲り、面白がって皿に頭をぶつけて割ったりする様子は、まさに野蛮人そのものだ。
だがそれだけだろうか? 彼らの社会に限っては、意外と理性的な側面も見えてくる。裁判の様子が代表例だ。ハラルドソンは量刑に基準を持っていたし、ラグナルの妻のラゲルサには明らかに慈悲の心がある。
ラグナルも奴隷のアセルスタンに対して、寛大な扱いをしていた。拘束はせず、妻と3Pに誘い、自分が掠奪で不在の時の子守まで任せてしまう。アセルスタンも絆されてしまったのか、いつしか聖書を読まなくなり、朽ちさせてしまったほどだ。


確かに残酷なドラマだ。だが彼らの生活そのものが映し出されている。それは現代人の生活にも通じる。
俺たちは今も戦っているのだ。
俺たちは挑戦しなければならない。俺たちは欲しいものを勝ち取らなくてはならない。俺たちは与えられるのをただ待っていてはいけない。
説得力を感じるからこそ、俺はこの作品に夢中になれる。男の血が滾るのだ。


それにしてもヴァイキングは強いね。イングランドの軍なんてお遊びにしか見えないくらいだった。
やべえだろ。どんだけ勝つんだよ。普通に。どんだけ強いんだよ…